体験稽古 |
2008年09月07日 00:12:23 |
日記テーマ:レッスン
今日は、体験レッスン。
教室の生徒さんのお知り合いということで、いけばな初体験の方が
その生徒さんと一緒にいらしてくださいました。
会場は、日本橋本町の花屋ブリューテの2階。
花材は、そけいとカーネーション。
まずは体験ということで、比較的シンプルな花材で
基本花型という、真・副・体(流派によっては天・地・人などとも)の
三本の主となる枝(役枝ーやくえだ)で輪郭を作り、
その三本の枝で出来た空間を「あしらい」で充足させる、
というスタイルをいけていただきました。
写真は、その初体験の方の第1作。うまい!!
これ、絵画で言えばデッサンの練習というところでしょうか。
植物の見方の基本(どの角度に向けるのがいちばん自然な姿になるか)とか、
立体的な空間の基本的な捉え方などを
この「基本花型」で身につけるわけですね。
その基本花型にも「真・行・草」という3態があり、
それぞれ、書道の「楷書・行書・草書」に喩えられたりします。
もっともかっちりとした姿が「真」で、
少しくだけた姿が「行」、一番動感の強いくだけた姿が「草」です。
これは、人の「立っている姿・歩いている姿・走っている姿」などにも
喩えられもします。
その、最初のもっともかっちりとした姿が、今回稽古していただいた「真」。
(あ、真副体の「真」と同じ語ですが、別のものです。
両者を区別して、一方を「役枝の真」「真の役枝」、
もう一方を「真の花型」などと言い分けます)
入門すると、基本的なことからしっかりと学ぶコースでは
こうした「基本花型」と呼ばれるフォームの練習を
繰り返し、行います。
繰り返し、といっても単なる反復練習ではありません。
季節が変われば、稽古で使う花材も変わり、
その花材ごとに扱い方も異なり、
省略(=その花材の“らしさ”を際立たせるために、
適宜、枝葉を取り去ること)も、その材料によって
ポイントが違ってきたりします。
そうしたことを、季節を巡る中で稽古して身につけていくわけです。
この基本花型、そしてそれを応用していく変化花型や花型応用などの
稽古がしばらくは続くわけですが、
この基礎練習の段階をしっかりとやっておけば、
後々、自分の感性で自由に花を活けていく際に、
花材の扱いにも苦労しなくて済むようになるわけです。
…とはいっても、やっぱり自分の感性でいけていくには、
花材の扱いとはまた違った苦労もあるわけですが…。
まあ、その苦労が、苦労というよりも楽しさになる、というのが
いけばなの魅力というか、奥の深さかな、と思っています。
教室の生徒さんのお知り合いということで、いけばな初体験の方が
その生徒さんと一緒にいらしてくださいました。
会場は、日本橋本町の花屋ブリューテの2階。
花材は、そけいとカーネーション。
まずは体験ということで、比較的シンプルな花材で
基本花型という、真・副・体(流派によっては天・地・人などとも)の
三本の主となる枝(役枝ーやくえだ)で輪郭を作り、
その三本の枝で出来た空間を「あしらい」で充足させる、
というスタイルをいけていただきました。
写真は、その初体験の方の第1作。うまい!!
これ、絵画で言えばデッサンの練習というところでしょうか。
植物の見方の基本(どの角度に向けるのがいちばん自然な姿になるか)とか、
立体的な空間の基本的な捉え方などを
この「基本花型」で身につけるわけですね。
その基本花型にも「真・行・草」という3態があり、
それぞれ、書道の「楷書・行書・草書」に喩えられたりします。
もっともかっちりとした姿が「真」で、
少しくだけた姿が「行」、一番動感の強いくだけた姿が「草」です。
これは、人の「立っている姿・歩いている姿・走っている姿」などにも
喩えられもします。
その、最初のもっともかっちりとした姿が、今回稽古していただいた「真」。
(あ、真副体の「真」と同じ語ですが、別のものです。
両者を区別して、一方を「役枝の真」「真の役枝」、
もう一方を「真の花型」などと言い分けます)
入門すると、基本的なことからしっかりと学ぶコースでは
こうした「基本花型」と呼ばれるフォームの練習を
繰り返し、行います。
繰り返し、といっても単なる反復練習ではありません。
季節が変われば、稽古で使う花材も変わり、
その花材ごとに扱い方も異なり、
省略(=その花材の“らしさ”を際立たせるために、
適宜、枝葉を取り去ること)も、その材料によって
ポイントが違ってきたりします。
そうしたことを、季節を巡る中で稽古して身につけていくわけです。
この基本花型、そしてそれを応用していく変化花型や花型応用などの
稽古がしばらくは続くわけですが、
この基礎練習の段階をしっかりとやっておけば、
後々、自分の感性で自由に花を活けていく際に、
花材の扱いにも苦労しなくて済むようになるわけです。
…とはいっても、やっぱり自分の感性でいけていくには、
花材の扱いとはまた違った苦労もあるわけですが…。
まあ、その苦労が、苦労というよりも楽しさになる、というのが
いけばなの魅力というか、奥の深さかな、と思っています。






